うたいつづけるおばけたち/2020年読んで印象深かった文芸作品

「今年読んで良かった/印象深かった文芸作品を紹介する」というお題を見かけて、すぐに参加したいと思ったのはくどうれいん『うたうおばけ』のことを思い出したからだった。

『うたうおばけ』くどうれいん|エッセイ・評論|書籍|書肆侃侃房

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新型コロナウィルスのことなしには、誰しも今年を振り返ることなどできないだろう。僕ももちろんそうだ。なぜこんなことを書き出したかというと、版元に『うたうおばけ』の購入申し込みを直接メールでしたのが、緊急事態宣言が出るか出ないかのころ(申込みのメールを確認したら4月9日)だったからだ。結果的に『うたうおばけ』は僕がこの大変な一年を乗り越える心の助けになってくれるような大切なアイテムになってくれたのだった。

『わたしを空腹にしないほうがいい』(食にまつわるエッセイ集。お腹が空いているときは読まないようにしている)ですっかりファンになったくどうれいんさんの新しい文章が連載されていることを知ってから、版元・書肆侃侃房のnote「web侃づめ」の更新がなによりの楽しみとなっていたし、何度も何度も読み返していたので、まずは書籍化にあたり新規収録されたものから読み始めたことを思い出す。

ともかく当時世の中に漂っていたなんともいえない雰囲気の中で、『うたうおばけ』を読んでいるあいだだけは少しだけ救われるような気がしていた。読むたびにおばけたちがうたっているのを感じられるようで。何度も何度も読んだ。どの篇も好きになれる、稀有なエッセイ集だった。誰に届くかわからないし、ほとんど届くことのないものだと思っているが、この作品を、くどうれいんさんのことを、知らない人にすこしでも届いてほしいと思いながら書いている。

ちなみに僕のフェイヴァリットは「終電2本前の雷鳴」だ。これは「web侃づめ」にも掲載されたもので、盛岡駅でくどうさんがみかけた女性、そして男性、そのふたりについて書かれたもの。書籍のページ数にして7ページ。だけど僕の中には戦慄にも似たようなたしかな感情が刻みつけられたのだった。そう、それはまさに雷に打たれたかのような――。本書の帯にもうたわれている「人生はドラマではないが、シーンは急に来る」をふと思い返してしまう。

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2020年、これまでの人生がまるで夢だったかのように僕らの暮らしは一変してしまった。これからの生活がどのようになっていくのかもよくわからない。それでもなんとかなるんじゃないだろうか、と本書を読みながら考えている。うたいつづけるおばけたちとともに。

僕にとっての『うたうおばけ』は、こんな一冊だった。